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【特別取材】自然冷媒市場活性化の課題【早稲田大学 松田 憲兒氏】

早稲田大学にて、メーカー、エンドユーザーが広く参加する共同事業体「次世代ヒートポンプ技術戦略研究コンソーシアム」を主宰する、松田 憲兒氏。同氏はかつて三菱重工業株式会社にて自然冷媒に関する研究開発を行い、また一般社団法人 日本冷凍空調工業会ではCO2の法規制緩和にも取り組んできた。

 

2021年8月、『アクセレレート・ジャパン』は同氏を取材。その幅広い知見から得た、日本ならではの自然冷媒市場への課題を聞いた。

三菱重工で得た知見

アクセレレート・ジャパン(以下、AJ):
松田さんはこれまで、自然冷媒のどのような領域に携わってきたのですか。

 

松田氏:
日本冷凍空調工業会(以下、日冷工)に参画する以前は、三菱重工の研究所に勤めていました。当時「カーエアコンは今後ヒートポンプが必要となる」という観点で、CO2を用いたヒートポンプの研究開発を行っていました。約15年以上前には、ドイツのDaimler社にもプレゼンに足を運んでいます。

 

ヒートポンプに着目したのは、ハイブリッド車やEV車の台頭により、エンジンの効率が向上し廃熱利用の機会が減っていくと考えたからです。排熱がない環境下において、高い給湯温度を出せるというCO2の冷媒特性に魅力を感じました。

 

AJ:
三菱重工での仕事が、自然冷媒に触れる最初の入口となったのですね。

 

松田氏:
三菱重工は非常に幅広い領域に取り組む企業です。冷凍冷蔵機器、アイスクリームのフリーザー、海上ユニット、カーエアコン、家庭用エアコン、業務用エアコン、ターボ冷凍機など多彩な製品を手掛ける過程で、幅広く知見を培いました。このお蔭で日冷工や他の団体及び省庁の委託事業に参画しても、違和感なく様々な製品に係わる委員会に参画できたと思います。

AJ:
日冷工にはいつ頃参画しましたか。

 

松田氏:
2011年です。当時は冷媒選択が大きな課題でした。最終的には自然冷媒が主要な冷媒となるでしょうが、すぐに技術革新は難しい。2011年頃は「まず微燃性冷媒(HFC)で高性能なものを」と考え、リスクアセスメントを行いました。

 

その後は、CO2を使う上で高圧ガス保安法の厳しい基準が問題になるだろうと考え、規制緩和を行政へ働きかけました。その甲斐もあり、同法の大幅な規制緩和を実現できたのは、ひとつの大きな成果と思います。

 

AJ:
規制緩和は、日本市場に対して大きなインパクトとなったと思います。現在、さらに大きなインパクトとなるのが炭化水素のリスクアセスメントでしょう。海外ではすでにスタンダードな冷媒という認識が広がっていますが、日本国内ではいかがでしょうか。

 

松田氏:
国内市場では、積極的にR290を使うより既存の冷媒を高性能化した方が、まだ市場としては大きいかもしれません。しかしカーボンニュートラルの話題が広がり、ユーザー様も環境問題に意識を向けています。今後は開発も含め、市場への製品投入は早くなるだろうというのが私の見解です。

 

私は2019年4月に三菱重工サーマルシステムズ株式会社(2016年三菱重工より分離・独立)へ戻ったのですが、2016年頃から「炭化水素を出したい」という各メーカーの話を耳にするようになりました。それを受け、早くガイドラインを策定しなければと思い、在籍時にワーキンググループを立ち上げたりもしました。

 

AJ:
現在、JRA規格では「JRA GL-21:2021 可燃性冷媒を使用した内蔵形冷凍冷蔵機器の冷媒漏えい時の安全確保のための施設ガイドライン」や「JRA 4078:2021 可燃性冷媒を使用した内蔵形冷凍冷蔵機器の冷媒漏えい時の安全機能要求事項」など、IECの炭化水素充填量の基準(約500g)を想定した安全要件などがまとめられています。公式な場での発表も待たれるところです。

 

日冷工は今後、どのような課題をクリアする必要があると思いますか。

 

松田氏:
現在の主要な自然冷媒は、いずれもデメリットとなる冷媒特性を抱えています。アンモニアは毒性、CO2は高圧、炭化水素は可燃性。CO2と同様に、今後は炭化水素も高圧ガス保安法上の取り扱いにおける規制緩和が必要になるでしょう。

 

アンモニアも同様です。現在、アンモニアを現地で処理する際には回収装置が必要です。しかし、回収装置の所持・使用には認可が必須です。アンモニアがさらに市場で普及するには、安全性を担保した上での規制緩和が必要となるでしょう。

 

AJ:
業務用空調では、現在R32が広く使用されています。IPCCが8月に出したレポートでは、R32のGWPが現行の規制を上回る「771」に変更されました。今後、この変更は市場にどんな影響を与えると思いますか。

 

松田氏:
フロン排出抑制法の中でのR32のGWPは、当時IPCC第4次が定めた「675」という数字を使用しています。すぐに問題が表面化することはないでしょうが、今後R32を使うことについては、議論が生まれるでしょう。

 

とはいえ、空調は残念ながらR32に代替できる冷媒の選択肢が、決して多くありません。GWPが低いことに加え、効率性も重要です。「低GWPだが効率が悪いソリューション」では、結果的にCO2排出量に貢献できないからです。この点に関しては、手段と目的を見誤ってはいけないと思います。

日本の市場活性化に必要なこと

AJ:
大学での活動を教えてください。

 

松田氏:
早稲田大学では、次世代ヒートポンプの技術を世に広め、その有用性を知ってもらうための「次世代ヒートポンプ技術戦略研究コンソーシアム 」を立ち上げました。3年間のプロジェクトで、2022年を区切りとして活動しています。

 

18の企業・団体が参加しており、冷凍空調関係の活動として、大学が先導するプロジェクトでここまでの企業が集まったのは初めてではないでしょうか。

 

AJ:
どの冷媒をターゲットにしているのですか。

 

松田氏:
評価対象は自然冷媒のR290、CO2、アンモニアなどを含む低GWP冷媒です。次世代ヒートポンプ技術戦略研究コンソーシアムの会長でもあり、同じく早稲田大学の基幹理工学部齋藤 潔教授の研究室は、冷媒評価のシミュレーションを得意としています。そこでの研究活動や成果を、コンソーシアムで有効に活用しています。

AJ:
非常に興味深い活動ですね。松田さん個人としての、業界の課題などをお聞かせください。

 

松田氏:
自然冷媒機器に関しては、技術的な課題というよりもユーザー様(含む設備設計や設置・施工業者)に理解してもらう周知活動が必要と思います。微燃性冷媒のビル用マルチエアコンがあまり普及しないのは、わずかでも「燃える」というリスクを、ユーザー様が忌避することが原因のひとつだと思うのです。R290に関しては、非常にシビアな考えを持つユーザー様も少なくありません。

 

メーカーサイドとして、もちろん最大限の安全性を考え設計します。しかし、機器だけで完璧な安全は成しえません。どうしても、メーカーとユーザー様、それぞれで責任分担せねばならない領域があります。この事実をどう伝え、ユーザー様に寄り添えるかが重要ではないでしょうか。

 

AJ:
ユーザー様への認知は、非常に重要な課題ですね。

 

松田氏:
さらに言えば、省エネ効果も含めたトータルコストの低減も、今後必要となるでしょう。安全と同様に、これを機器だけで実現することはできません。設置・施工業者との協力して、安全でしかも安く設置できる技術を蓄積すること。そのスキルを持った人が増えないと、普及は難しいと思います。

 

AJ:
欧州では、EU F-gas規制が生まれたことで、関係者が一気に動き出した感があります。日本でも、行政および規制が市場を加速させることができるでしょうか?

 

松田氏:
市場全体の舵取りは、やはり行政だと思います。しかし日本的なやり方は、はじめに規制ではないと考えます。自然冷媒を採用する意義や目的、そして狙い。これが関係者にとって共感を得るものであるかどうかが、日本には必要です。

 

例えばオゾン層の問題では、一刻も早く冷媒転換せねばという意見が広がり、CFCからHCFC、HFCへスピード感のある転換が実現しました。今回も、地球温暖化という観点で「早く取り掛からないといけない」というコンセンサスが、皆さんの中に醸成されるかが重要でしょう。

 

日本は法規制の整備や、関係者内での了解を得るまで時間がかかりがちです。しかし、ひとたび規制が完成し、全員が同じ方向を向けば非常にスピーディに動けます。そこまでたどりつけば、世界をリードするような国際競争力が、日本にも生まれるのではないでしょうか。

 

日本は法規制の整備や、関係者内での了解を得るまで時間がかかりがちです。しかし、ひとたび規制が完成し、全員が同じ方向を向けば非常にスピーディに動けます。そこまでたどりつけば、世界をリードするような国際競争力が、日本にも生まれるのではないでしょうか。

松田 憲兒氏

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