CO2冷凍機およびショーケースの分野で、毎年多くの納入実績を重ねるパナソニック株式会社アプライアンス社。2019年4月1日付の組織変更および人事異動にて、同社のコールドチェーン事業部 事業部長に冨永 弘幸氏が新たに就任した。本誌は2020年1月、群馬県大泉町に位置する、同社のコールドチェーン事業部の拠点である東京製作所を訪問。冨永氏に2019年度の総括と、これからの戦略について語ってもらった。
文: 佐藤 智朗、岡部 玲奈
市場変化に合わせた戦略
2019年度も、本誌ではパナソニックの取り組みを多く特集してきた。前号で掲載した、株式会社東急百貨店が2019年11 月にオープンさせた「渋谷スクランブルスクエア」にて、ハマ冷機工業株式会社と共同で開発した国内初のCO2水冷式内蔵型ショーケースを納入した事例や、同社のタイ工場でプロパン(R290)、イソブタン(R600a)という2つの炭化水素冷媒ショーケースの製造に乗り出したというニュースは、記憶に新しいところである。CO2、炭化水素の両方で、新技術開発や生産体制の構築により機器提供の土台を整えたパナソニックの2019年度は、大きな転換期であったと冨永氏は言う。

2019年度の市場に目を向けると、政府主導の補助金による自然冷媒採用が進み、キガリ改正や国内法でのフロン規制強化に伴うR404Aの価格上昇が、日本を含めた世界各国で起きている。こうした情勢が、市場全体でのエンドユーザーの自然冷媒転換に拍車をかけたと言えるだろう。その一方で、2019年度は日本の小売店舗の設備投資を減速させる問題に直面する1 年でもあった。近年深刻化する人手不足に対する、運営形態の見直しである。
コンビニエンス大手の一部では、営業時間の短縮実験が行われた。それによる売り上げ減少の影響により、同年度の新規店舗出店計画も下方修正に動いたであろうと推測でき、新店を中心に採用されてきたCO2冷凍機にも波紋を呼んでいる。「私達の事業にも、少なからず影響が出ています。CO2冷凍機の出荷ペースは当初の計画を下回り、現時点で前年比から6ポイントの減少をしました。日本市場では今後、新規店舗出店に伴う自然冷媒機器の提案よりも、リニューアルでの機器転換により重きを置いた上で、市場活性化に向けて動くこととなるでしょう」
小売業界の市場動向に注視しつつ、目指すは新たなマーケットの開拓だ。冨永氏は食品加工工場、冷蔵倉庫などの産業用分野の領域に対しても意欲を示し、同社が中国拠点で生産する80馬力の大型CO2ラックシステムにて市場参入を狙う。大型冷凍機を扱う産業分野への展開は、同社にとっても初の試みとなる。
2019年11月に一般社団法人日本冷蔵倉庫協会が主催し、倉庫業者を中心としたエンドユーザー100名ほどが集った「最新省エネ冷凍機器技術セミナーと相談会」では、CO2ラックシステムに関して発表するなど、慎重に、かつ確実に足を踏み込み始めている。最もハードルの高い初号機の納入が決まり、納入事例を積み重ねることができれば、産業分野でも飛躍ができると冨永氏は期待する。
自然冷媒機器を提案する際には、「ノンフロン機器をただ提案するのではなく、 機器より生じた排熱を有効活用するといった付加価値も提案することで、自然冷媒製品のメリットを強化し、転換を促していきたい考えです」と、冨永氏は語る。欧州ではSDGsに代表されるように、社会的責任を果たすことへの義務感が非常に強いが、日本市場でより重視されるのはやはり「自然冷媒が成果(売上)にどう影響するか」という経済合理性である。
単体の冷凍機だけを見れば、イニシャルコストでHFCの方が経済性が高いという判断になってしまう。コールドチェーン事業部冷凍機システム総括部長の大西 学氏は、冷凍機単体ではなく、店舗・倉庫・工場全体のオペレーションを踏まえたシステム構築の提案が、日本市場では重要だと考えている。イニシャルコストではなく10年間のランニングコストも踏まえた上で、メンテナンスや冷媒の確保の保証、省エネ性によるCO2および炭化水素冷媒のメリットなどを、メーカーと政府が市場に説明していく責任があるとも、大西氏は話した。

様々な戦略を元に展開していく同社は、その勢いを海外でも着実に伸ばしている。それは数字が物語っており、同社は2020年1月時点で、世界15カ国に累計約700台のCO2冷凍機の納入を実現した。同年夏には、欧州ですでに販売している2 馬力、10馬力に続いて4 馬力の冷凍機を投入する予定であるという。「自然冷媒のマーケットとして、やはりもっとも先進的なのが欧州です。ここで認められることこそ、私達にとってグローバルからの評価の第一歩と認識しています」と冨永氏は言い、今後も欧州市場で闘う姿勢を見せる。実際に欧州で認可を受けた製品が、ニュージーランドの受注にもつながっているという。欧州市場をプロローグとして、オセアニア、アジアの市場活性化に結びつけることが、パナソニックにとっての海外戦略の大きな道筋なのである。
炭化水素とCO2、両方の「道」を示す
CO2のみならず、タイ工場でプロパン、イソブタン使用の炭化水素冷媒機器の製造が進むパナソニック。アジア、オセアニア市場では炭化水素冷媒のニーズが高まる中、2つの冷媒をどのようなバランスで開発していくこととなるだろうか。「決して炭化水素が中心という訳ではありません。オセアニア、東南アジア、中国、日本と、各国市場のニーズに合わせた展開を試みます」と、冨永氏はあくまで二者択一の冷媒戦略ではないことを強調。
その上で、炭化水素の商品ラインナップを精査するとした。大西氏は、炭化水素の市場を次のように分析する。「アジア市場ではスモールフォーマットの店舗が多く、プラグインタイプの炭化水素製品が先行する形となるでしょう。欧州ではCO2冷凍機での市場展開を果たし、その成果を日本へと持ち帰りたいと考えています。欧州や東南アジア、日本、中国、オセアニアでは流通形態の発達度、食文化、小売形態の特徴がまるで異なります。メーカーの思いだけで、自然冷媒を推進することはできません」。いつどの市場にどの冷媒を選択するか。議論や現地調査を進めながら、最善手を打ちたいところである。
こうした繊細な取り組みは、すでに実を結び始めている。リリース時期は未定だが、冨永氏は2020年中に炭化水素機器の市場投入が決定していると明かした。CO2の技術開発も、着々と進行している。CO2冷媒の課題は、圧力の高さから既存の配管設備が利用できないという点にある。エンドユーザーにとって、配管の入れ替えで工期が長くなってしまうのは大きな痛手だ。既存配管でCO2冷媒を使用できれば、この問題が大きく前進するため、その技術開発についても、タイミングを図り成果を発表したいと同氏は述べた。
10 年の歩みに続く次の1 年
2010年にCO2冷凍機を市場へ送り出し、今年で10年という節目を迎えるパナソニック。同社のスタートは、当時の経済産業省が主導していた補助事業の技術開発支援を受けてのものだった。そして、当時まだ実績がない中で、CO2冷凍機の導入に踏み切ったエンドユーザーの存在。ひとえにこの2つの条件が揃ったことで、パナソニックは自然冷媒へのスタートを切ることができたのだと、冨永氏は言う。「この10年で、弊社製品は市民権を獲得することができました。しかし2019年までの実績で、私達のCO2機器の導入に至った店舗は約4,200店です。マーケットのポテンシャルから鑑みて、まだまだ展開できる余地を残しています」

日本市場の次の10 年に向けた戦略は、小売店舗が抱える課題と向き合うことが必要だろう。設備投資よりも店舗運営の改善に軸足が置かれている現状は、やむを得ない事実である。政策や規制、補助事業といったパッケージが整備されつつある国内において、マーケットが再び設備投資に軸足を置くタイミングを、長期的な観点で注視していく必要がある。
年内のマーケットを大きく左右する事柄として、事業推進部 グローバル渉外担当の橘 秀和氏は、2月14日に経済産業省より発表される「フロン排出抑制法に基づくフロン類の使用見通し」に関する案を示唆した。「海外と比べて規制が甘いと言われる日本において、2025年、2030年までの国内のフロン類の使用見通しが提示されれば、規制強化と同様のインパクトにつながると考えています」
このインパクトを最大限活用するためには、パナソニック1 社のみならず、メーカー同士の協力も不可欠だ。同社が2018年に掲げた「CO2ファミリー」構想(他社メーカーに同社のCO2冷凍機を提供することで、他社メーカーにもCO2市場に参入してもらい市場規模拡大を目指す構想)は、約1年で着実に広がりを見せている。今後も地道に歩みを進めていくと、冨永氏は力強く述べた。
東京製作所では、実際にCO2冷凍機と接続して稼働したショーケースのほか、試験稼働中の80馬力CO2ラックシステムを見ることができた。変化する市場と共に、10年以上に渡って開発と製品販売の歴史を紡いできたパナソニック。今後発表される新たな納入事例や技術開発の進展に、期待で胸を膨らませる思いである。
『アクセレレート・ジャパン』27号より
参考記事
東急百貨店に導入された国内初のCO2水冷式内蔵型ショーケース
参考記事: タイ工場での炭化水素冷媒機器の製造に関する記事
参考記事:「最新省エネ冷凍機器技術セミナーと相談会」の開催レポート