2021年11月1日付の「Environmental Science. Processes & Impact」誌に掲載された新しい研究が、トリフルオロ酢酸(TFA)が自然に存在するという主張を明確に否定。本研究に参加したカナダ人研究者、ヨーク大学のコーラ・ヤング准教授は、1990年代以降のTFAの劇的な増加に、警鐘を鳴らす。
誤ったTFAの認識に警告
「Environmental Science. Processes & Impact」誌に掲載された研究『Insufficient evidence for the existence of natural trifluoroacetic acid』では、「新たな証拠がない限り、TFAの生産や規制に関するいかなる議論においても、天然のTFAという考え方を持ち出すべきではない」と結論づけている。
TFAは、HFO-1234yfが100%、HFC-134aが20%変換されて大気中に生成され、冷凍・空調設備から排出される。その後、TFAは降雨に乗って降下し、淡水などに沈着。最近の多くの研究では、環境中でのTFAの蓄積量が増加していること、その増加が健康や環境に悪影響を及ぼす可能性があることが懸念されている。
さらに、TFAと特定のFガスは、欧州当局により人の健康に問題を引き起こす可能性のある高耐久性の「永遠の化学物質」の一群である「一部のHFCおよびHFO冷媒を含むパーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質(PFAS)」の一部とみなされている。ヤング氏は、11月3日に開催された自然冷媒国際会議「ATMOsphere America」にも登壇し、TFAの危険性について言及している。
今回の調査では、欧州フルオロカーボン技術委員会(EFCTC)が「TFAが環境中に大量に存在することは明白であり、反論の余地はない」と述べていることにも言及されている。この研究は、「新しい出版物で基準とされることの多い、古いTFA研究によく見られる誤解や限界について取り上げ、新しい原稿によってその知識が伝播されることを防ぐ」ことを目的としている 。
本研究では、以下の方法で天然由来のTFAの証拠を評価した。
- 工業化以前のサンプルにおけるTFAの測定値の評価
- 仮説されているメカニズムによるTFA生成の可能性の検討
- 深海へのTFAの他の潜在的な供給源の調査
- 全世界のTFA量の測定
業界への対応
ヤング氏は昨年にも、同様の内容を示唆する研究を発表。その内容は主要マスコミでも、多数報道されたという。それを受けて、化学業界の代表者は彼女に連絡を取り、冷媒から出るTFAを心配すべきではないという論点で議論を交わした。彼らの主張は、「TFAの人為的な発生源は他にも多くあること」と「TFAは生物濃縮されず無毒であること」、そして「TFAは自然に発生しうる」というものであったという。
ヤング氏は、彼らの主張のうち最初のものは正しいと話す。代替フロン以外にもTFAの人為的な発生源は少なくない。一方で、それら発生源の規模を比較すると、この主張も必ずしも正確とは言えないと指摘する。
ヤング氏の研究グループは、氷床に対して行った調査の結果、TFAの人為的発生源として代替フロンとテフロン製造を含むフッ素樹脂産業の2点を取り上げた。CFC代替品はTFAの主要な発生源で、分子の10%以上がTFAへ変成する(HFO-1234yfは100%)。一方フッ素樹脂産業はマイナーな発生源であり、分子の1〜5%がTFAや他のPFAS化合物になるのにとどまるという。
最近の研究では、同じくTFAの前駆体であるHCFC-133aが東アジアで「驚くべき量」発見されたことにも言及しているが、これは化学製品の製造過程での副産物である可能性が高い。
また、化学業界が主張する生物蓄積性に関する2つ目の論拠は、もはや通用しないとヤング氏は指摘。ヤング氏自身の結果も含め、TFAの生物濃縮性を示す証拠はますます増えているのである。例えば、TFAは植物や水源に蓄積することがわかっており、その中には緑茶やビールの製造に使われるような人間が消費する水源も含まれている。最近まで、TFAは人間への生体蓄積性が低いと考えられていましたが、ここ数年、中国の研究者が人間の血液中にTFAを含む高濃度のPFASを検出している。
そして、今回の研究により3つ目の議論も誤りであると、ヤング氏は話す。
TFAをはじめとする短鎖のPFAS化合物に関する知識が向上したのは、環境意識の高まりによるものだけではなく、研究者たちはこの20年の間に、よりシンプルな新しい測定・分析方法を開発してきたからだ。ヤング氏とそのチームは、大気汚染の歴史的記録を保存している氷床を「化学的タイムマシン」とみなして、研究に利用してきたという。
今回の氷床研究の目的は、大気中のTFA濃度を数十年単位で記録し、その発生源を特定することである。ヤング氏の研究では、2015年から2017年にかけてカナダの高緯度北極圏で採取されたものを使用している。
ヤングたちが得た結果によると、1990年以前はTFAの量は少なかったが、1990年以降の氷床からは劇的なTFAの増加が見られた。その要因も、CFC代替化合物が主な原因であったという。この結論は、R134aのようなCFC代替化学物質の沈着量のモデルを検証することで確認され、1990年以降、同じように急激な増加傾向を示した。これらの結果により、氷床のTFA汚染は、代替フロンの大量使用によるものと結論付けられたのである。
今後、将来的には、R134aよりも大気中での寿命が短いHFO-1234yfの使用が増えることで、TFAの濃度が上昇するとヤング氏は予測している。R1234yfはR134aよりも大気中での寿命が短いため、TFAの堆積は使用されている場所の近くに集中するだろうと考えられる。しかし、このことは遠隔地でのTFA沈着量のリスクを排除するとは限らないと、ヤングは強調する。
化学業界では、Chemours社、Honeywell社、Arkema社、Koura社(および機器メーカーのDaikin社)の4社で構成されるGlobal Forum for Advanced Climate Technologies(globalFACT)が最近発表した研究で、TFAの沈着について取り上げている。この研究では、「TFAが人間や生態系に与える影響についての現在の知識をもってすれば、2040年までの予測排出量は有害ではない」と結論づけられている。しかし、この研究は、「TFA濃度とその空間分布に関する知識の大きな不確実性は、将来予測される排出量の不確実性に起因する」ことも認めている。
参考
Canadian Researchers Counter Claim that TFA Occurs Naturally
※本記事は英語で作成後、日本語に翻訳されております。
原著者:タイン・スタウルホルム
ATMOsphereネットワーク
今回ご紹介した記事・発表について詳細を知りたい方・意見交換したい方は、ぜひATMOsphereネットワークにご参加ください!クリーンクーリングと自然冷媒の分野で志を同じくするステークホルダーと交流しましょう。(ATMOsphereネットワーク)