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ATSジャパンの挑戦が生んだ業界初のCO2半導体チラー

ATS社はアメリカ合衆国カリフォルニア州アナハイム市に本社を置き、主に半導体産業向けにチラーを開発している。同社の日本法人であるATSジャパン株式会社は、半導体製造装置用チラーに初めてCO2冷媒を採用した『GX-20』を開発し、2019年6月にドイツのユーザー施設にて評価テストを開始した。同機種はすでに欧州市場では次世代チラーとして大きな注目を集めている。開発を主導した開発部マネージャーの苅谷 知行氏と、設計を担当する開発部の清水 和重氏、同機の販路拡大に努める営業・マーケティング部アカウントマネージャーの春木 俊秀氏に、開発に到るまでの歴史や販路拡大の戦略を取材した。

 

文: 佐藤 智朗、岡部 玲奈

ユーザーの声と規制強化を受けて始まった技術開発

ATS社は航空機の厨房設備用冷凍装置など、航空機産業界に関連した製品を開発するB/E Aerospace 社の全額出資子会社として、1997年に創業された。それ以来、半導体産業、太陽電池産業、食品加産業、医療機器産業、航空宇宙業、光通信産業など、幅広い業界にチラーを納品している。ATSジャパンは2001年、日本国内での事業を開始した。これまで製品の冷媒には各種HFCを採用してきたが、新たに開発した『GX-20』ではCO2冷媒を選択することで、半導体産業では初となるCO2チラーが生まれた。

 

現在同機は足立区にあるATSジャパンの本社内にて、エイジングテストが行われているほか、ドイツのユーザー企業のもとで運転テストを6月より開始した。ATSジャパンが自然冷媒の採用に踏み切ろうと決意したのは、2015年のこと。ちょうど日本国内で、フロン排出抑制法が施行されたタイミングである。それ以前も、環境配慮に対する取り組みを意識する機会は多かったという。「ヨーロッパ各地の半導体工場に足を運ぶと、日本よりも熱心に京都議定書を見据えた事業活動をする、現地の担当者によく会いました」と、春木氏は語る。

(左から)営業・マーケティング部アカウントマネージャー 春木 俊秀氏、開発部マネージャー 苅谷 知行氏、開発部 清水 知重氏

京都議定書だけでない。ドイツをはじめとした欧州市場では、日本のフロン規制よりも厳しいFガス規制の存在も無視できない。同規制によって、欧州では2022年以降、GWP(地球温暖化係数)が150を越える冷媒が業務用冷凍冷蔵システムにおいて使用できなくなる。この規制を前に、ここ数年は駆け込み需要のようにGWP150未満の冷媒を使用したチラーの引合いが多数寄せられていると春木氏は続ける。欧州市場では、今後低GWPの冷媒への移行は決定事項だ。

 

もちろん日本国内も、キガリ改正発効に伴い、Fガス規制に追随する可能性も十分に考えられる。規制強化、そしてユーザーの需要に応えたいという思いから、「2015年に、CO2冷媒を採用した機器開発に向けての素案を作成しました」と、同氏は言う。素案を発表後、社内リソースの調整を続け、2017年から本格的な機器開発に進むこととなった。

地道な部品調達で生まれた第一号機

「『GX』シリーズの開発に乗り出してすぐ、なぜ他社がCO2冷媒機器の開発に乗り出さないのかをすぐ理解しました」と、同社開発部マネージャーの苅谷氏はプロジェクトが始まってすぐの状況を語った。最大の要因は、CO2を採用するにあたり必要だった部品がなかなか揃わないということにあった。従来のフロン機に対して、CO2チラーは圧力をはじめとした課題を解決する必要がある。

 

ATS ジャパンは、チラーの心臓部とも言えるコンプレッサーを、別途メーカーから購入している。半導体用のチラーは比較的小型のものが多く、10馬力以下のものがほとんどである。コンプレッサーの製造メーカーも、製造しているコンプレッサーは自社の製品向けが多いため外販は稀で、調達は難航した。この課題を解決するきっかけとなったのは、パナソニック株式会社アプライアンス社が推し進める自然冷媒戦略「CO2ファミリー構想」だった。

 

同構想は、パナソニックのCO2技術やシステムを競合他社に積極的に提供することで、より多くのメーカーによるCO2市場への参画、そしてそれによるCO2市場の拡大を目指したものである。同社はパナソニックの力を借りることで、『GX-20』用の2馬力CO2コンプレッサーを揃えることができたのである。「しかし、不足する部品はまだまだ多いです。これまで主力だった調達先で、CO2冷媒に対応した小型の部品は決して多くはありません。開発当初は、CO2ヒートポンプとして知られるエコキュートで使用していた部品を一部代用し、利用していました」と、苅谷氏は語る。

 

また、エンジニアリングメーカーの不二工機株式会社の協力を仰ぎ、電子膨張弁を調達できた。さらに国内だけでなく、アメリカ本社の開発チームとも連携を取ることにより、現地チームとつながりのあるメーカー各社にもコンタクトすることができ、Danfossからドライヤー、Tempriteからタンクなど、日本国内の部品のみならず、海外からも様々な部品を揃えることができたという。

 

「従来のフロン機では、1つの部品に対していくつもの選択肢がありましたが、CO2に関しては選択肢が非常に限られていました。CO2チラーを開発するにあたっては、メーカー各社の協力が必要不可欠だったのです」と、苅谷氏は当時を振り返る。情報をかき集め、国内外にまで渡った各社との交渉が、『GX-20』の開発成功を生んだのだ。とはいえ、「CO2特有の物性、また温度と圧力のやり取りや制御バルブの応答性を考えながら、チラーの温度精度を保証するという課題は、現在入手できる材料で克服する事に成功はしましたが、更なる温度精度や応用性を目指すためには、引き続き部品メーカーさんの協力が必要となってきます」と、苅谷氏は強調した。

ATSジャパン株式会社のドイツサービス代行店
Sachsen Kälte

市場投入に必要な準備と課題

半導体と聞いても自身の生活とは無関係と感じる人も多いかもしれないが、実は私たちの身近にあ
る技術だ。今では大半の人々が持つスマートフォンで言えば、ディスプレイ、マイクロプロセッサー、メモリなどのあらゆる部品に半導体が使用されている。とりわけ、資源制約や環境問題への関心の高まりを背景に注目を集めている電気自動車は「走る半導体」と呼ばれるほど、車体、カーナビやエアコン、ETC、オートドアロックなどで半導体が活用されているのだ。

 

そのような半導体を製造する装置には精密な温度調整が必須で、そこにATS のチラーが役立つ。産業用の大型機と比べ、半導体用チラーの対応する温度帯は摂氏-20度~80度と、非常に幅広いのが特徴だ。苅谷氏はその中で、『GX-20』は従来のフロン機と比べ2つの点で優位があるという。「低GWPはもちろんのこと、半導体用チラーのホットスポットは摂氏-10度~ 20度なのですが、この温度帯ではATSのフロン機よりも、CO2採用機種の方が約20%の省エネ性能を得ることができます」

 

半導体用チラーは入れ替えが容易で、機器更新は1日あれば可能だ。しかし入れ替える上でそれ以上に関門となるのが、「現地での評価テスト」だという。自動車に使われる半導体に不備が発生すれば、時に人命に関わる大事故へつながる危険性がある。そのため半導体産業では、数年にわたる試験テストを通じて、安全性を徹底的に調べるのだ。2019年6月には、同社のドイツサービス代行店Sachsen Kälteの協力のもと、ドイツの半導体製造会社に同機を納入しテスト運転を実施する。

 

またATS ジャパンの社内でも、2019年5月までにエイジングテストを実施。テスト機に使用したコンプレッサーはその後パナソニックへと送られ、解体調査が行われることとなっている。各テストで注目されるのは、消費電力の削減と、従来のオペレーションに耐えうる性能と耐久性を有しているかどうかという点だ。

(左から)Sachsen Kälte の社長 ティロ・ノイマン氏、サービス部門長 レネ・ ノイマン氏、サービス部門長補佐 クリスチャン・サイモン氏、苅谷氏

「CO2チラーの第一号機です。十分な安全レベルを確保した上で市場へ投入することが最大のミッションでしたが、当プロジェクト事実上の立役者である佐藤 敏美と、ハード設計の清水、プログラマーの深見 泰宏、その他開発部員たちの多大な努力により、ようやく形にすることができ、この6月に最終ステージへと駒を進めることになりました。現地での評価もうまく行くと予想しています」と、苅谷氏は喜びの笑顔を見せる。

 

「“広範囲な温度制御幅で使用できるチラー” を実現するために、必要な技術の特許出願手続きも完了し、基本構成もまとまりましたが、技術開発を進めていく上で課題は尽きません。更なる消費電力の改善や1次冷却水の節水、温度応答性の追求、従来のフロン機で培ったノウハウがどこまで使えるのかなど。今後次世代機を出す上で、様々な方面から性能向上を図りたいと考えています」と、苅谷氏はより良い自然冷媒チラーを開発していくという技術者としての意気込みを見せた。

想定を超えるリクエストに手応え

同社は、欧州市場でCO2チラーのコンセプトのお披露目をし、市場の同技術に対する反応を検証してきた。その第一段階とも言えるのが、2018年11月にドイツのミュンヘンで開発された半導体関連技術の見本市、「Semicon Europe」だ。以来春木氏は2019年1月、4月とドイツに足を運んでいるが、時期が進むごとにエンドユーザーからの自然冷媒への反応は高まっているという。

 

「Fガス規制の影響で、想像以上に現地企業は現在使用しているチラーが2022年より使用できなくなることに対して焦っていることが理由として考えられます。」と、春木氏は関係各社の反応を分析する。実際に、2019年6月より行われるドイツでの試験運転も、当初2年をかけて行われる予定だったのが、約8カ月に短縮された。こうした時期の変更からも、欧州の逼迫した状況が見て取れる。これまでATSは長い年月をかけて、ドイツやフランスの協力会社と共に製品とサービスの信頼性を築き上げてきた。それをさらに磨き上げ、世界でも最も厳しいフロンガス規制を掲げるヨーロッパにおいて地歩を固めることで、CO2チラートップメーカーの座を確実にしていきたいという。

 

ATSジャパンにとって、欧州での反応は想定を超えるものだったとはいえ、ある程度の想像はしていた。一方で予想を大きく超える手応えを感じているのが、北米エリアだ。本社があるアナハイム市が位置するカリフォルニア州では、高 GWP冷媒管理規則においてフロン類の厳しい規制を設ける。CO2チラーへの反応は良いようで、現地チームとの連携で、販路拡大の大きな足がかりになる可能性も見えている。

 

「私達は以前から、アメリカチームと協力してCO2チラーの冷却モジュールの規格を統一してきました。そのため『GX-20』は、いつでも北米市場へ投入することが可能です」と、苅谷氏は語った。従来の予想では将来有望な市場と踏んでいた北米エリアだが、その時期は予想よりも早まる可能性がある。

 

同社は、同機種の年間出荷台数を、初年度は30台と予想している。半導体用チラーの耐用年数は10年ほどだが、年数を経ることにより今後フロンの漏えいが懸念される機器も増えてくるだろう。機器更新による潜在的な市場規模は、年間1,000台はあるのではないかと同社は予想する。想定以上のニーズによって、ATS ジャパンのCO2戦略は今後大きく飛躍する可能性を秘めている。

 

『アクセレレート・ジャパン』23号より