味の素冷凍食品は、自社の環境への取り組みの一環として、2020年までに国内で使用しているフリーザー用フロン冷凍機の全廃といった宣言を、2006年に公的に行い、目標達成のための自然冷媒機器への切り替えを着々と、そして確実に遂行していった。「本目標達成の目処は立った」とし、先日、次なるステップとして、エアコン以外の冷凍冷蔵設備の代替フロンの全廃を、2030年までの新たな目標として掲げたという。キガリ改正などで世界中が脱フロン化を目指す中、課題にぶつかりながらもその歩みを決して止めなかった同社が、どのように障壁を乗り越え、2020年に向けてどのような準備を積み重ねてきたのか。そしてその足は、今後どの方向を向いて進んでいくのか。群馬県にある同社の関東工場に赴き取材した。
文: 佐藤 智朗、岡部 玲奈
フロン全廃のはじめの一歩
味の素グループの冷凍食品メーカーとして、数々のヒット商品を世に送り出している味の素冷凍食品株式会社。本誌が訪問した群馬県邑楽郡大泉町にある関東工場でも、主力商品である餃子をはじめ、レストランへ提供するデザートなどを製造している。同社は「おいしさは地球から。環境への取り組み」と題し、品質・環境・防災安全方針を3つの重点テーマに掲げる。そのうちの1つが「フロン冷凍機全廃計画」であり、同社は2020年度までに、既存のR22を使用したフリーザーを、自然冷媒へと切り替えることを宣言しているのだ。
味の素冷凍食品がこの大胆な切り替え政策を掲げることとなったきっかけは、2001年のこと。同年に制定されたフロン回収・破壊法だった。フロンへの規制は、今後ますます厳しくなると判断。工場で使用していたフリーザーの更新時期と重なったこともあり、同社は主流冷媒だったR22冷媒を含めたフロンからの脱却を目指すことを決意。そして2001年、早くも四国工場のフリーザー用アンモニア直膨冷凍機の導入に踏み切り、2020年度までに完遂予定の「フロン冷凍機全廃計画」という旅路の第一歩としたのである。

翌々年の2003年に、冷凍保安責任者たちによるフロン対策チームを社内で立ち上げ、全社体制でフロンの漏えい防止、および脱フロンの冷凍設備導入に向けた検討を進めることに。2004年には四国工場にもう1台アンモニア冷凍機と、九州工場に初のアンモニア/CO2冷凍機を設置。そして2006年には、公式ホームページ上にフロン全廃の宣言を行なった。現在も進めている転換計画について、執行役員で生産本部生産戦略部長 兼 生産技術開発部長の山﨑 委三氏は次のように語る。
「自然冷媒機器の導入によって、一定数の省エネ効果を得ることはできています。しかし私たちはあくまで、フロン全廃という目的で行動します。2020年にはHCFCの生産が、正式にストップすることとなります。業界内では『まだ急いで(自然冷媒機器に)転換せずとも大丈夫だろう』という雰囲気を感じますが、仮に生産停止よりも先に冷媒が漏えいすれば、工場の稼働は止まり、冷凍食品会社としても機能しなくなってしまいます。そのようなリスクを回避し、会社を存続させるためにも、フロンを全廃することを目指しているのです」
モントリオール議定書や京都議定書における世界的な地球温暖化防止の取り組みが加速する中、味の素グループとしても「地球課題への貢献」を世界の潮流に合わせて進めていく必要があるとし、このミッションに会社全体で取り組んでいるのだという強い姿勢を見せた。
選択したのはアンモニアという効率性
味の素冷凍食品では、2019年2月時点で国内に7施設の工場を有している。ここ数年でフリーザー用冷凍機で最も導入実績が多いのは、株式会社前川製作所が販売しているアンモニア/CO2冷凍機「NewTon」シリーズだ。製造工場の主な使用温度帯が-35℃である味の素冷凍食品にとって、冷凍能力の高さと安全性を考慮して、アンモニアを一次冷媒、CO2を二次冷媒とした二次冷却システムである同シリーズが選択された。
CO2冷媒の使用により、アンモニア冷媒の充填量はアンモニア直膨式と比較すると7分の1に。稼働データなどはメーカーと共有し、メンテナンスもメーカーに委託という形で手がかからなくなったという。導入から10年以上が経過する工場でも大きなトラブルはなく、CO2二次冷媒方式は配管系統の油溜まりがなく、熱交換を阻害するものがないため効率の維持にも効果を発揮する。
一部業界の中には、アンモニアを冷媒として忌避する声も多い。しかし山﨑氏は、かつてアメリカの同社工場に在籍していた時の経験から、アンモニアへの抵抗は少ないと口にした。「アンモニアはその臭いのおかげで瞬間的に漏えいを察知できますが、CO2は無臭であるため漏えいにも気づきにくく、圧力の高さといったリスクがあります。それぞれのリスクや利便性を鑑みた結果、私たちは効率性の高さからアンモニアを有力冷媒として選択しています」。アンモニア/CO2機器の導入後の省エネ効果としては、フロン機と比較して電力使用量およびCO2排出量が20~30%削減できているという。
同氏は加えて、フリーザーにはアンモニア/CO2機器が現時点で最も優先度の高い選択肢ではあるものの、アンモニア冷凍機よりも小さい規模の冷凍機や冷凍冷蔵庫では、CO2直膨式を採用するケースも増えてきていると説明してくれた。温度帯や省エネ性の考慮、かつ正しくリスクを計算しながら冷媒選択をしていることがうかがえる。今後もより安全に使用できるよう、なるべくアンモニア冷媒充填量の少ないシステムの開発を望んでいると、山﨑氏はメーカー各社への期待を述べた。
冷凍食品業界が抱える冷媒転換の難しさ
味の素冷凍食品では、これまで環境省の「省エネ自然冷媒冷凍等装置導入促進事業」と、経済産業省の「省エネ型代替フロン等排出削減技術実証支援事業」の補助金を、計8 度活用している。しかし、その利用率は全体の半分以下だ。その背景には、「機器の切り替え時期と補助金申請時期のタイミングの不一致」という課題が見え隠れする。補助金を活用するには申請時期、採択時期、完工時期を合わせなくてはならない。

「私たちがフリーザー用フロン機を自然冷媒に切り替えを行う際、最低でも2カ月もの時間を要します。もちろんその期間は生産ラインが停止してしまうので、他のラインでフォローして生産量を増やすしかありません。そのラインでしか製造できない限定商品であれば、あらかじめ余分に製造・備蓄する必要があります。しかもGWやお正月など、繁忙期への配慮も必要です。複雑に絡み合う生産時期と補助金の申請期間が合致して、初めて私たちは補助金活用の道を模索できるのです」
補助金の存在は最大限活用したいものの、同社は2020年度までという転換期限を優先して、補助金を断念せざるを得ない場合でも順次切り替えを進めてきた。しかし、味の素冷凍食品のようなアクションを起こせる企業は限られている。「もう少しフレキシブルなスケジュールで申請できれば、活用できる企業も増えるのだと思います」と、山﨑氏は述べた。2020年に向けて各社が自然冷媒化を行った場合、補助金事業の完工時期が決まっているため、駆け込み需要により工事業者の不足が懸念される点も、山﨑氏は指摘した。
冷凍食品業界において、味の素冷凍食品ほど積極的な自然冷媒機器転換を行なっている企業はそう多くない。その背景を山﨑氏は次のように説明してくれた。「私たちの業界は、決して利益率が高くありません。それは大手企業でも同じです。商品価格は低く、ランニングコストもかかります。自然冷媒機器を導入する場合、既存のフロン機よりもイニシャルコストは2~3割高いのが現状です。中小企業が多い冷凍食品業界にとって、こうした資金面での懸念から、どうしても足踏みしてしまうのでしょう」
また自然冷媒技術を提供するメーカーも未だ限られているため、「メーカー選定が限られており、価格競争も起きにくい状態です」と語った。この現状を打破する上でも、行政サイドは補助金の増額などで、より業界にインパクトの高い施策を行なうべきではと山﨑氏は指摘する。
2020年。その先にまで描く展望
計画開始当初、味の素冷凍食品の国内工場で脱フロンの対象となるフリーザーは34基あった。そのうち1月現在で更新が必要なのは、わずか6基(34基のうち、4基は使用停止)。それぞれの工場で1年1台が限度だろうとされる中、同社では緻密なスケジュールを立て、少しずつ本計画を進めてきた。そしてフロン全廃宣言の公言通り、2020 年度にすべてのフロン器の自然冷媒への転換が完了するという目処が立ちつつある。

「私たちはフロン全廃を、1つの使命として取り組んできました。ここ2~3年は思う様に更新できず、我慢の時が続いたものの、ようやく今では切り替え手法の確立も定まってきたように思います。残りの工場の切り替えも、計画通り順番に進めていくつもりです」と、山﨑氏は笑顔を見せた。計画的に切り替えるための工夫として、工事が長期化すると製品供給に支障をきたすため、現状の設備をギリギリまで稼働させ、できるだけ工期を短縮することが必須であり、そのためには冷凍機を別の場所に設置し事前工事を行うことで、工事期間の短縮を図っているのだという。そうした場合、冷凍設備の設備スペースの捻出が課題となるため、スペースがない場合は構内の道路上に架台を設け、下側は人が通行できる様に空間スペースを使用するなどの様々な創意工夫を重ねてきた。
2001年にフリーザーのフロン全廃への旅路の第一歩を踏み出した味の素冷凍食品であるが、2020年は一つの区切りでしかなく、最終ゴールではない。同社は、さらに先の目標をも見据えているのである。味の素冷凍食品では、予冷工程、凍結工程、冷凍冷蔵庫、エアコンなどで冷凍機を使用しているが、「先日、当社はエアコン以外のHFC全廃も2030年度までに目指すことを決意しました」と、山﨑氏は教えてくれた。
エアコンなどのプラス温度帯でのノンフロン化の動向が見えないため、現状は代替フロンを使用するしかないが、同社の冷凍冷蔵庫に関して言えば、R22の使用機24台を2020年度までに、HFCの使用機49台は2030年度までを目標に、それぞれ自然冷媒に転換を目指すのだという。この方針は中国・タイ・ポーランドに拠点を置く、海外工場でも貫いている。2019年時点でHFCを使用したフリーザーは、2030年度までに自然冷媒へ切り替えを計画しているのに加え、冷凍冷蔵庫についても、R22使用機9台は2020年度に、HFC使用機42台は2030年度までにそれぞれ切り替えが予定されている。
また同社の千葉県千葉市美浜区に位置する千葉工場では、冷風発生装置を前川製作所と共同特許出願し、他社にない技術開発を行っている。アンモニア/CO2冷凍機と、GWP値0の自然冷媒である空気冷媒を採用した空気冷凍システム『PascalAir(パスカルエア)』を併用することで、空気冷却を単独の冷凍機で行うシステムに比べて効率的に大温度差の空気を冷却し、-70℃の低温冷風を供給する多段冷却方式といった、特許取得済みの冷却方式だ。-70℃冷風の凍結時間は3分弱であり、2017 年~ 2018 年の稼働実績としては電力量29.2%削減の電力費年間3千万円削減、維持補修費も従来よりも削減したという。

「自然冷媒への転換に関しても、単純に切り替えていくのではなく、千葉工場のように新たな技術を取り入れることで、従来機器使用よりも省エネやコストダウンが見られれば、工場の作業改善や生産性向上に役立ちます。そしてこれこそが、会社、そして私たち従業員のモチベーションとなっているのです」
業界全体で歩みを止めないために
モントリオール議定書によって2020年にHCFC生産・消費量の削減・全廃が決定され、日本国としてもキガリ改正に批准した今、フロン削減及び低GWPへの転換は、冷媒を使用するユーザーにとっては無視することはできない議題である。しかし、高い機器コストや技術不足などといった課題も多く残るのも事実である。「国内の自然冷媒市場がより活性化するには、エアコンなど、消費者にとっても身近にある技術の開発を進めるべきだと思う」と、山﨑氏は自身の考えを打ち明けた。

山﨑 委三氏
同社は業界への働きかけとして、ホームページ等での発信や、自然冷媒機器を導入した工場や生産ラインの見学を受け入れることで、導入の経験や取り組みに関して業界と積極的に共有するようにしている。今年2月12日に東京コンファレンスセンター・品川 にて開催される、shecco主催の自然冷媒国際会議「ATMOsphere Japan 2019」でも、自社の取り組みを日本だけでなく世界市場と共有する。「今後も当社の環境取り組みに関して、業界といった垣根を超えた範囲でコミュニケーションを取っていければと思います」と、山﨑氏は述べた。
また味の素グループは、食品・消費財大手や小売大手が加盟する国際的な業界団体コンシューマー・グッズ・フォーラム(CGF)のメンバーでもある。2017年11月に発足された、CGFのサステナビリティ分野としては世界初のローカルグループである「日本サステナビリティ・ローカル・グループ(JSLG)」では、ステアリング・コミッティ議長に就任している。
CGFが掲げる「CGFの冷媒に関する決議(冷媒の新規導入の際には、実行可能な市場では自然冷媒もしくは150GWP以下の冷媒へ転換すること)」を日本としても取り組んでいくために、JSLGは冷媒ワーキング・グループを発足し、会員メンバーと冷媒転換の際の課題解決に向けた行動計画を策定しつつ、日本企業以外の政府機関やNGO 等とも連携しながら活動を展開していく予定だ。

味の素グループは、2030年度までに温室効果ガスの排出量対生産量原単位を2005年度比で50%削減すること、そして2030年度に再生可能エネルギー利用比率を50%にすることを目標としている。「地球温暖化の進行にともない、昨今の自然災害の増加をはじめとした様々な環境問題が、私たちの生活環境を脅かす事態となっています。メーカー側も技術開発を進めていますが、我々使用するユーザー企業側も、地球温暖化防止対策に有効とされる、再生可能エネルギーへのシフトや自然冷媒化は、責務としてやり遂げる必要があります。私たち味の素グループは、直面している地球環境問題に対して、率先して改善に取り組み、この業界を牽引していきたいです」
約20年もの時間をかけて、決して簡単ではない「フロン冷凍機全廃計画」の道を歩んできた味の素冷凍食品。その旅が無事に完遂すること、そしてその道を共に歩もうとする企業が増えることを願わずにはいられない。
『アクセレレート・ジャパン』21号より